将来が決まってないと本当にダメですか?

こんばんは。

受験生時代の苦手科目は現代文だったと言うと
100%の確率で驚かれるノジーです。

だってこんなメルマガとか書いたり、
すごい添削とかしてるのに…!

って感じでビックリされるんですけど、
文章を書くことと国語の勉強って
実際問題としてあんま関係なかったりします。

『神話の法則』とかコピーライティングとか
現代文のテストでは出てこないですからね。

それに僕のメルマガノウハウは
基本的に国語とかではなく、
大学受験時代に学んだ
英語の長文解釈がベースになってます。

語彙力は中学から聴き漁っていた、
BUMPやミスチルの歌詞。

ロジックは英語の長文解釈。

コピーライティング的な要素は、
ネットビジネス開始後のインプット。

こんな感じで僕の文章は構成されてます(笑)

そんな国語が大の苦手の僕でしたが、
もっと苦手なものがありました。

それは数学です。

今でも飲み会に行ったりして、
ちょっとお酒が入ったりしちゃうと、
もうダメなんですよ。

お会計時の割り算。

自分なりにちゃんと計算をしたつもりが、

『これじゃ全然足りねーよ!』とか、
『こんな払いすぎちゃっていいの?』とか

とにかく言われまくるものだから、
最近ではお会計は他の人に任せて、
僕はただただジッと待つことにしてます。

そんな算数レベルの計算も危うい僕です。

高校時代の数学のテストなんかもう苦行で
基本的にテストは赤点がデフォなんですよ。

あまりにも赤点が多すぎるから、
先生サイドも僕のことはもう諦めたんでしょう。

期末試験前になると先生たちは
僕をこっそり職員室に呼び出し、
『明日はここが出るからな』と
フライングで問題を教えてくれるのです(笑)

それでギリギリのところで赤点を回避し、
なんとか留年を乗り切っていた僕ですが、
遂に先生も我慢の限界が来たのか、
リアルなトーンでこう僕に言うのです。

お前、将来どうすんだ?

決断とは『捨てること』である。

将来どうすんだと言われても、
16歳の僕にとって『将来』なんてものに
強いリアリティを感じられないわけです。

というか、
将来ってそんなすぐに
考えなきゃいけないのかと。

もう俺は将来のことを決めてしまって、
その将来とやらに向かって
全力疾走しないといけないのかと。

そんな衝撃を受けた僕は先生に対し
乾いた愛想笑いをすることしかできませんでした。

将来を決めるということは、
その他諸々の選択肢を全て捨てさること。

そうとも言えるじゃないですか。

多分、僕は怖かったんだと思います。

将来というものを決定して、
自分の道をひとつに絞ることが。

たったひとつの将来と引き換えに
あらゆる他の選択肢を捨て去ることが。

自分には可能性がある!

そう信じることさえできれば、
どれだけ愚かでダメダメな状態でも
自尊心を失わずに生きることができます。

5年くらい前に、

『まだ俺は本気出してないだけ』
という映画が流行りましたが、
結局は『言い訳』として機能するんです。

本気出してないから~とか。
こういう道もあるから~とか。

将来を決断するということは、
自分に言い訳ができなくなること。

だから僕は将来を決めれなかった。

結局そのあとは受験勉強を頑張るんだけど
それも『将来の選択肢』を狭めたくないからでした。

いい大学にさえ行っておけば、
色んな選択肢がありそうじゃないですか。

だから『決断』を先延ばしにするために、
弱い自分のまま自尊心を満たすためだけに
受験勉強を頑張ったんじゃないかと
今にして振り返るとそう思います。

最終回前のドラマ、クリア前のRPG

さすがに就職活動をする時まで、
『将来をひとつに決めたくない!』
なんてワガママを通すわけにいかない。

だから嫌々ながらも就職をして
家と会社を往復するだけの人生を
なんとか始めることになるわけです。

だけど、やっぱり思うんです。

選択肢が限定的なストーリーって
何か面白くないよなぁって。

ドラマの最終回とか、
RPGのラスボスとかも、

これで終わりってわかっちゃうと
途端に熱が冷めちゃう僕です。

自分の人生の先が見えてしまって、
こういう風に生きてくんだなと
わかってしまったその瞬間に
生きる意味さえも失ってしまえる。

最終回だけ見ることなく、
途中離脱してしまった連続ドラマ。

ラスボスを倒すその手前から
一切のプレイをやめてしまったゲーム。

例えるなら本当にそんな感じです。

そんな時に出会ったのが、
ベンチャー企業に就職した友人のツテで
一緒に食事をさせていただいた、
某IT企業の経営者さんでした。

将来をひとつに絞る必要はない。

やりたいことからやっていけばいい。

っていうか、やりたいことは全部、
1個1個実現させてけばいいんだよ。

将来なんてわからない方が
人生楽しいと思わない?

そんな言葉の数々を聞いていると、
『お前、将来どうするんだ?』と聞かれ
愛想笑いしかすることのできなかった
当時の僕の違和感がクリアになった気がしました。

終わりの見えない世界を楽しもう。

今、こうして起業をして4年ほどが経ちますが、
たまにコンサル生にこう聞かれます。

将来ってどうしていくつもりなんですか?

僕は2、3年くらい先のことなら、
割と考えてマーケティングをしています。

ただ10年とかになると、
本当に『わからない』としか言えないし
だからこそ面白いんだと思います。

特に今って進化の速度もスケールも大きいし
予測不可能性がとにかく高いですから。

それに僕の周りを見渡してみても、

将来のことを考えすぎている人は、
人生があんまり楽しくなさそうだし、
収益的にもそこまでだったりします。

一方で将来はわからないスタンスの人ほど
今という人生を楽しんでいて、
かつビジネスも好調だったりするもんです。

だから、
僕はこれからも『選択肢』を重視して、
将来を決めない日々を楽しんでいくことでしょう。

それに『人生(ビジネス)の軸(理念)』さえ
自分の中でハッキリしていれば、
それがどんな時代でも自分を見失わないための
心強い道しるべとして機能してくれます。

僕の場合のそれは、

人生は一生を懸けて創り上げる、
自分だけの大切な芸術作品という価値観を
色んな人に伝えていくことを通じて、
幸福度の向上に役立ててもらうこと。

そして、

そのために知性(思考力やインテリジェンス)と
感性が豊かな人をどんどん育てていくこと。

です。

こういう指針さえあれば、
時代がどう移り変わっていっても、
何とかやっていけると思ってます。

だから、

高校時代に赤点スレスレで、
『お前、将来どうすんだ?』と説教された
16歳の僕に自信を持って伝えてあげたい。

将来なんてわからなくていいんだよと。


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