メメント・モリ × 生き方という壮大な作品

こんばんは。ノジーです。

このメルマガは永田町のカフェで
ソファー席に座り朝食を食べながら
スマートフォンで執筆しています。

店内にはThe Beatlesのジャズカバーが流れ
かなり贅沢な雰囲気に包まれています。

僕らは歳を重ねれば重ねるほど
純粋な好奇心や想像力を失っていきます。

子供の頃にワクワクしたことに
大人になってから取り組んでも、

子供の頃に心がときめいた場所を
何十年かぶりに訪れてみても、

なんだか気持ちが乗ってこない…!

そんな経験は誰しもがあるはずです。

大人になるとはそんなものと
割り切る人がほとんどかもしれない。

でも、

少なくてもビジネスをしていく上では
飽くなき好奇心や想像力の追求は
長期的に稼いでいくための必須要素。

というか、

稼ぐとか稼がないとか関係なしに
童心で色んなことを楽しめた方が
人生トータルで見るとハッピーですよ。

だから本当にちょっとしたことでいい。

普段行かないお店に入ってみるとか、
興味のない分野の本を読むとか、
今までの殻をどんどん破ってほしいんです。

僕らの子どもの頃は、
能動的に動かなくても親とか学校が
僕らの世界を勝手に拡げてくれました。

好きでもない習い事に通わされ
興味のない教科を教えられ
他人ばかりの環境に放り込まれる(笑)

これを大人になってからやらされたら
誰だって結構シンドイはずです。

でも、

その「当初は無関心だったもの」って
今思い返すと割とキラキラしてるんですよ。

スイミングスクールの消毒液のにおい。
国語の授業で読んだ本のストーリー。
地元以外の友だちとつるむ時の高揚感。

そんな宝物のような思い出とは
僕らのちょっとした負荷と勇気のおかげで
成立しているといえそうです。

しかしながら、

年を重ねると自分の境界も分かってくるし
無理やり引っ張り出してくれる人もいない。

わざわざ快適なコンフォートゾーンから
居心地の悪い場所に出たくもなくなる。

その結果どうなってしまうかというと、

自分のフィルターでしか物を見れず、
想像力や好奇心を失った日々に染まり
ゆるやかに命を消費していく…。

それってすごい悲しいこと。
絶望的なことだと思うんです。

脱サラを果たした僕のコンサル生が
少し前に会社員時代の元同僚から
こんなことを打ち明けられたそうです。

『何がやりたいのかもわからないし
何がやりたくないのかもわからない』

心を失って生きていくということ。
生命の灯を輝かせて駆け抜けること。

生物学的な違いは全くないとしても、
その実態は完全に別物です。

多くの人の意識を縛り付けてるのは
『現在』や『過去』ですが、
僕らはもっと『最後』を意識すべきです。

人生には必ず最後があり、
己の自己満足な生き様が
自分のためだけの作品になる。

つまり、

僕らは人生という壮大な作品を
色んな人と関わり合いながら
長い年月をかけてクリエイトしてるんです。

ライフスタイル=ひとつの作品

そういう意識で未来への時間軸における
今の立ち位置をイメージすることで、
これからの行動が明確になるんじゃないかと。

なんとなくビジネスをやってみよう、
人生を変える挑戦してみようと思ったけど
結局やめてしまう人はすごく多いです。

やらない人はやらないからしょうがない。

そうシンプルに結論づけてもいいんですが、
視点の時間軸を動かしてみることで、
少しはポジティブな影響が生まれると思いますよ。

つまり過去と現在を点で捉えるんじゃなくて、
『過去→現在→未来』と続く線でイメージする。

古代ローマで使われていた言葉に
『メメント・モリ』というラテン語の警句があります。

直訳すると『死を想え』という意味ですが、
人生には必ず終着点があって、
否が応でも僕らは自動的に緩やかに
その終着点に向かっているわけです。

だからこそ現実を長い時間軸で捉えないと
変えたい現在を変えることができない。

今までの状態がずーっと続いていくんです。

『メメント・モリ』という言葉は
多様な概念での解釈が可能ですが、
僕は先程も言ったようにこう捉えています。

『ライフスタイルを作品として完結させる』

今の状態がずっと続いていくことによって
自分の人生がどう締めくくられるのか。

『死』というものを現実的に捉える時に
今までの人生をどう解釈するようになるのか。

そういうイメージで毎日を再解釈して、
輝きに溢れたライフスタイルを
自分自身の手でデザインしましょう。

僕は会社員時代には毎日のように
そんなことばかり考えていました。

このまま年老いるまでこの会社で働いて
自分は本当に満足できるのか、
人生という作品が輝きに満ちるのかと。

僕は『ライフスタイルをデザインする』ことを
人生のモットーにして活動していますが、

『自分のライフスタイルはコンテンツである』

そんなイメージを持って
1つの作品を手がけていくといいですね。

ただ、僕らは知らず知らずのうちに
自分のフィルターに執着し依存症になり、
ライフスタイルと密接に関わっている
感性や想像力が濁っていってしまう。

子どもの頃は何も意識していなくても
自然と誰かが感性を養う場へと
あなたを連れだしてくれたはずです。

でも、今は待っているだけでは
誰も何も変化の場など与えてくれません。

自分の想像力や好奇心を取り戻し
感性に満ちたライフスタイルへと
自分を導いていけるのは自分自身だけ。

だからこそ、

どんな小さなことでもいいので
世界を拡げる行動を起こしていくといいですね。

特に実現したい世界があるのであれば、
それに少しでも近い所にいる人の
世界を捉えるフィルターを手にするべきです。

この前ドリーマーズラウンジのセミナーをやった時も
とあるサロンメンバーがこう言っていました。

『勇気を出して飛び込んでみてよかったです!』

確かにセミナーに参加するだけで、
ただそれだけで自動的に人生は変わりません。

でも理想の未来を実現するための
普段と違う行動を取ることで確実に
『違うフィルターを手に入れる』ことができる。

それは人生を良い方向へデザインするための
非常に大きなキッカケとして機能します。

またサロンメンバーで法人コンサルを中心に
最近大きな飛躍を遂げた横道さんは、
『メンターの思考に合わせる』という言葉で
常々ご自身の成功要因を語っています。

(恐らく、ご本人的には今のステージは
まだ『成功』には程遠いと思いますけど。)

僕の言葉のシャワーを浴びて
世界の解釈の仕方をノジーに合わせたから
現実のライフスタイルも変わっていったと。

これは言い方を変えると
僕のフィルターで世界を解釈することで、
人生という作品の描き方が変わったと言えます。

ちょっと長くなりましたが、

・『生き方』を作品としてイメージすること

・『メメント・モリ』という人生観を意識すること

・自分のフィルターに縛られずに
世界の解釈の仕方を柔軟に変えること

・そのための外部要因を自主的に掴みに行くこと

今の僕だからこそ語れる『人生の変え方』は
ザックリ話すとこんな感じです。

まぁまずは生活の質を向上させるために
手っ取り早くマネタイズに力を入れるべきですが、
長期的な視野で楽しく生きていきたいのなら
それを支えてくれるのはテクニックじゃないです。

人生を解釈するためのフィルタリングの感度を高め
終幕を意識した上でコンテンツ化すること。

今日からこんな意識を持って
人生という作品をより良いものにするための
最善なアプローチをしてみてください。

P.S.
僕の場合ですが、とりあえず。

楽しい人生を送っていくのが一番だなと。

結局のところ自分を幸せにしてあげられるのは
他でもない自分だけですから。

言い訳とか他者依存から解放されて
楽しい人生をこれからも作っていきます。

そのために色んなフィルターを手にしながら
自分の殻を日々更新していきたいですね。


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